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札幌高等裁判所 昭和43年(ラ)53号 決定 1968年11月14日

抗告人

冷清水健次郎

相手方

大江初男

主文

原決定を取り消す。

相手方の担保取消の申立を却下する。

抗告費用は相手方の負担とする。

理由

抗告人は主文と同旨の裁判を求め、その理由として別紙抗告理由書記載のとおり主張した。

本件記録ならびに取寄せにかかる札幌地方裁判所昭和三三年(ヨ)第三三四号立入禁止仮処分事件の記録(同裁判所昭和三四年(モ)第一三〇七号仮処分異議事件の記録を含む)および同裁判所昭和三四年(ワ)第二〇八号占有保全請求事件の記録によると、次の諸事実が認められる。

相手方は抗告人に対し、札幌市南六条西六丁目六番地家屋番号一四番の二の建物(以下「本件建物」という)につき、占有権にもとづく妨害予防請求権を被保全権利として、札幌地方裁判所に立入禁止の仮処分を申請し(同裁判所昭和三三年(ヨ)第三三四号立入禁止仮処分事件)、同裁判所は昭和三三年一一月五日、相手方に一万円の保証を立てさせたうえ、「被申請人は本件建物中階下玄関、廊下、台所、便所および台所と便所の中間にある三畳間以外の場所に立入るなどしてこれに対する申請人の占有を妨害してはならない。被申請人は前項の玄関、廊下、台所および便所を占拠するなどしてこれに対する申請人の占有を妨害してはならない。」との仮処分決定をし、その後昭和三四年三月一九日抗告人の申立により相手方に対して起訴命令を発した。右起訴命令所定期間内である同月二六日に相手方は抗告人に対して、本件建物の占有妨害の予防を求める占有保全の本訴を提起し(同裁判所同年(ワ)第二〇八号)、他方抗告人から同年一二月一〇日右仮処分決定に対する異議申立があり(同裁判所同年(モ)第一三〇七号)、右両事件の審理は各別に進められ、同裁判所は、昭和四一年一〇月一二日、仮処分異議事件については、被保全権利および保全の必要につき疎明がないとの理由で右仮処分決定を取り消して相手方の仮処分申請を却下する旨の判決を、占有保全請求事件については、抗告人は相手方に対し、本件建物についての相手方の占有を妨害してはならない旨の判決をそれぞれ言い渡し、前者は上訴の提起なくして確定し、後者については、抗告人から控訴、上告がなされたが、ともに棄却されて昭和四二年九月二二日確定した。そこで、相手方は、右仮処分事件の本案訴訟において勝訴の確定判決を得たことを理由として、右仮処分事件につき立てた担保の取消しを申し立てたところ、原裁判所は民事訴訟法第一一五条第一項により担保取消決定をした。

民事訴訟法第一一五条第一項にいう担保の事由止みたるときとは、一般に保証により担保される債権(例えば損害賠償請求権)発生の可能性が絶無ではなくとも稀有と認められる場合を指すものと解されており、したがつて、担保提供者において担保の原因とされた行為がその後自己に有利に確定したことを証明すれば、右事由に該当するものとして裁判所は担保の取消決定をなすべきものとされるのである。これを仮処分の保証についてみれば、保証を供した仮処分債権者が、後に本案訴訟において勝訴しその判決が確定したときは、本案判決の確定に至るまで仮処分が維持せられていた通常の場合においては、他に特別の事情のない限り、右仮処分決定ないしその執行により仮処分債務者に損害の発生する余地がないか又はその発生が極めて稀有であると認めるを相当とするから、右仮処分債権者が本案訴訟において勝訴の確定判決を得たことを証明したときは、同条第一項にいう担保の事由止みたることを証明した場合にあたると解するを相当とする。

しかしながら、本件は右の場合と異り、上段認定のように、相手方の申請によりなされた仮処分決定は、抗告人の異議により口頭弁論を経て審理された結果、被保全権利の存在および保全の必要性についての疎明がないとして取り消され、相手方の仮処分申請は却下され、右判決は確定したのである。そうすると、相手方のなした仮処分は、被保全権利および保全の必要性についての疎明なくしてなした違法のものと評価されるのであるから、右仮処分ないしその執行により抗告人が損害を被ることが稀有であると速断することは許されず、いい換えれば、相手方の供した保証により担保される被担保債権の発生が稀有と認められる場合に該当しないものといわなければならない。もつとも、その後相手方が本案訴訟において勝訴の確定判決を得たことも前示のとおりであるが、右判決によつて被保全権利の存在は終局的に確定されたとはいえ、仮処分の当初に遡つて右権利の存在が確定されたことにはならず、まして保全の必要性についてはなにも審理判断されていないのであるから、右本案訴訟における勝訴の確定判決の存在することは何ら前記の結論を左右するものではない。

そうすると、本件においては、相手方が本案訴訟において勝訴の確定判決を得たことは未だ民事訴訟法第一一五条第一項にいう担保の事由止みたる場合に該当しないから、同項により担保取消決定をすることは許されず、その取消について抗告人の同意がない以上同条第三項所定の手続を経た上で取消決定をなすべきものと解するを相当とする。

よつて、同条第一項に基きなした原決定は不当であり、本件抗告は理由があるから抗告費用は相手方に負担させることとして主文のとおり決定する。(杉山孝 黒川正昭 島田礼介)

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